「うなぎはウチで」
我が家の美味しい決まりごと。
炭焼うなぎ ひゃくわ亭は、昭和22年創業の川魚問屋「岐阜今清」をルーツに、平成14年に誕生しました。
開店以来、三代目が店頭に立ち、たくさんのお客様に支えていただきながら、二十余年歩んできました。
毎年、土用の丑の日を楽しみに足を運んでくださる方。子どもの頃から食べていると話してくださる方。そして今は、SNSをきっかけに遠方から訪れてくださる方も。
時代とともに店のかたちは少しずつ変わっても、「また、ひゃくわ亭のうなぎが食べたい」と思っていただけることが、私たちの何よりの喜びです。
「うなぎはウチで」――そんな一軒であり続けたいと思っています。

「ひゃくわ」の名前に思うこと
「ひゃくわって、どういう意味?」
お客様から、ときどき尋ねられることがあります。
初代の故郷・現在の岐阜県海津市には、かつて「百輪」と呼ばれた輪中の地域がありました。
多くの村が力を合わせ、水害から暮らしを守ってきた土地です。
先代は、小売店を始めるなら「ひゃくわ亭」という名にしたいと、以前から考えていたようです。
その名には、故郷への思いと、人と人が支え合う「百輪」の精神が込められていたのかもしれません。
奇しくも、三代目は鹿児島生まれ。
江戸時代、木曽三川の治水に尽力した薩摩藩とこの地域との間には、今も語り継がれる深い縁があります。
初代のふるさとと、三代目のふるさと。
その二つが「ひゃくわ亭」という名前のもとでつながっていることに、私たちは不思議なご縁を感じています。
受け継ぐものと、新しいこと。
ひゃくわ亭を始めた二代目から、店を任された三代目へ。
平成14年の開店から二十余年、日々の仕事の中で少しずつ、ひゃくわ亭の味と店をつくってきました。
今では次の世代も仕事に加わっています。
焼きや鰻を扱う技術を受け継ぐこと。新しいお客様とのつながりをつくること。それぞれの持ち味を生かしながら、ひゃくわ亭のこれからが少しずつ始まっています。
変えずに守っていきたいものは、しっかりと。
時代に合わせて変えていくことは、柔軟に。
これからも私たちらしく、ひゃくわ亭を次の世代へつないでいきます。

ひゃくわ亭を支えるもの。
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01 Selection
問屋の目利き
長年、川魚を扱ってきた問屋として、鰻を見る目を大切にしています。
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02 Grilling
焼きの技
鰻の状態を見ながら、一尾一尾に合わせて焼き上げています。
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03 Relationship
人とのつながり
お客様をはじめ、仕入先や地域の方々とのご縁に支えられ、今のひゃくわ亭があります。

歩み
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昭和22年(1947)
初代が暖簾分けにより「岐阜今清」を創業
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昭和46年(1971)7月
株式会社岐阜今清を設立
岐阜市中央卸売市場の開設に伴い仲卸として入場。
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平成14年(2002)
二代目が「炭焼うなぎ ひゃくわ亭」を開店
三代目が店頭に立ち、店を切り盛りする。
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平成19年(2007)7月
三代目が代表取締役に就任
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令和6年(2024)
炭焼うなぎ ひゃくわ亭 一宮店オープン
二号店として一宮店を開店。従来のひゃくわ亭を「岐阜本店」とする。
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令和7年(2025)
岐阜市中央卸売市場での仲卸営業を終了
市場での営業を終え、株式会社岐阜今清の本店所在地を、従来から事務所・作業場を構えていた現在地へ移す。